少しずつ物を手放して見つけた、心穏やかな日々
物が増えて、心も重くなっていた頃
振り返れば、家の中にはいつの間にかたくさんの物が溢れていました。結婚してからの共同生活で増えた物、子供たちが巣立った後に残された物、そして、つい買ってしまう自分の物。収納場所はぎゅうぎゅう詰めになり、どこに何があるのか把握しきれなくなっていました。
物に囲まれた暮らしは、物理的な手狭さだけでなく、私の心にも影響を与えていたように思います。探し物をする時間が増え、片付けてもすぐに散らかってしまう状況にうんざりし、来客があると慌てて物を隠すような毎日でした。家全体がなんとなく落ち着かない雰囲気で、私の心もそれに引きずられるように、常にざわついているような状態でした。
体力の衰えを感じ始めるにつれて、これらの物を管理していくことへの漠然とした不安も大きくなっていきました。「この先、もし体が思うように動かなくなったら、一体どうなるのだろうか」という思いが頭をよぎるようになったのです。そんな時、インターネットの記事で「少ないモノで暮らす」という言葉を目にし、もしかしたらこれは私の状況を変えるヒントになるかもしれない、と感じるようになりました。
「少しずつ」始めることの価値
ただ、「いきなり家中の物を片付ける」「完璧なミニマリストになる」といったことは、私にはとても無理な話だと思いました。気負いすぎると、かえって何もできなくなってしまうことを知っていたからです。そこで、私は「少しずつ」始めることを自分に課しました。
まずは、一番気になっていた場所、押し入れの一角から取り組んでみることにしたのです。そこには、何年も開けていない段ボールや、いつか使うかもしれないと思って取っておいた物が詰め込まれていました。一つ一つ手に取り、「これは今の自分に本当に必要だろうか」と問いかけながら、手放す物とそうでない物を分けていきました。
この作業は、想像していたよりもずっと内面と向き合う時間でした。過去の思い出に浸ったり、「もったいない」という気持ちに葛藤したり。でも、「もし今後も使わないのなら、ここで眠らせておくよりは、必要としている人に譲る方が物も喜ぶのではないか」と考えるようにしました。
驚いたのは、たった一角を整理しただけでも、心が少し軽くなったように感じたことです。物理的なスペースができただけでなく、長年気になっていた場所が片付いたという事実が、達成感となり、次の一歩を踏み出す勇気をくれました。
物が減って見えてきた、大切なもの
「少しずつ」を繰り返すうちに、家の中の物は少しずつですが確実に減っていきました。それに伴い、私の心にも様々な変化が訪れたのです。
まず、物の管理にかける時間やエネルギーが減りました。掃除が楽になり、探し物もほとんどなくなりました。これにより、これまで「片付けなければ」という焦りや義務感に縛られていた時間から解放され、心にゆとりが生まれたのです。
このゆとりのおかげで、自分のために時間を使えるようになりました。読書をしたり、友人とゆっくりお茶を飲んだり、以前は「時間がない」と言い訳して後回しにしていたことに取り組めるようになったのです。これは、単に物理的な時間ができたということではなく、心の中に「自分のための時間を持っても良いのだ」という許可を与えられたような感覚でした。
さらに、物を手放していく過程で、自分にとって何が本当に大切なのかが見えてきました。高価な物やたくさん所有していることではなく、心地よい空間で過ごす時間、大切な人との繋がり、そして、自分の内面を満たす経験こそが、自分にとっての本当の豊かさであると気づかされたのです。これは、物の整理を通して得られた、何よりの宝物だと感じています。
また、物の量が適正になったことで、将来に対する漠然とした不安も少し和らぎました。もしもの時にも、家族に大きな負担をかけずに済むだろう、という安心感が生まれたのです。これは、終活という言葉が現実味を帯びてきた世代にとって、非常に大きな心の安定剤となりました。
心穏やかな日々は、自分のペースで創るもの
もちろん、私の家にはまだ多くの物がありますし、完璧な状態とは言えません。でも、それはそれで良いのだと思っています。「少ないモノで暮らす」ことは、誰かと比較したり、極端な状態を目指したりすることではなく、自分自身の心と体、そしてこれからの人生にとって、最も心地よいバランスを見つけることなのだと感じています。
少しずつ物を手放すことで、物理的な空間だけでなく、心の中にも新しいスペースが生まれました。そのスペースに、穏やかさ、ゆとり、そして自分にとって本当に大切なものが満たされていくのを実感しています。
もし今、物の多さに疲れていたり、心に落ち着きがないと感じていたりする方がいらっしゃいましたら、どうか無理はなさらないでください。まずは小さな一歩から、ご自身のペースで始めてみてください。きっと、その先に、心穏やかな日々が待っているはずです。